2010-08-26

都計法29条

暑い日が続きますが、昨日きれいな満月でしたね!


実務で、高校の設計をしていると、ブログでも書いてきましたが、約1年経過でそろそろお知らせ看板が、計画通知が・・・という段。






さて。
一年かけて法規の勉強をしてきた皆さん、おわかりですか?


そうです。
開発許可です。都市計画法29条です。

4月からスタートして、スタンプラリーで奔走してきた開発協議ですが、ここへきてストップがかかりました。


早い話、開発行為の施行妨げとなる権利を有する者の同意が得られていません。



実のところ、以前から懸案事項となっていた境界に関する件を、未解決のまま進めようとしたのですが、開発許可に関して当然そんなことが通るわけもなく。


開発指導課から、当然のごとく、「地権者の同意」をかっとばしての開発許可はありえない、との回答が依頼元に届きました。


この懸念事項に関して、開発指導課と再度全体的な進め方について協議しなければならなくなり、依頼元を含めて今更あわくっています。それが決まらなければ、計画通知もなにもない、という状態。







フタを開けてみたら、このことに関して危機感を持っていたのは、「開発許可」という許可の意味を知っていた人だけのようでした。汗

建築「確認」や「認定」とは、話がぜんぜん違います。




許可を受けないで勝手に開発を進めると、法律違反で行政処分されます。

許可を受けた日以降に、許可を受けた内容と違うことをやると、法律違反で行政処分されます。許可を受けた内容以外のいかなる建築行為も制限されます。




都計法29条、恐るべし。

2010-08-20

ほんろう

えー
なにがって。

電気室。



決まらない、ですよ。
計画通知資料提出の1.5ヶ月切ってるってのに!笑

って、実務の話ですよ。




最初、一階の表玄関の脇にあったことがありました。
それから一度外に出て、学校の校門の脇に。
そして、北側に。
はたまた屋上に。

そしてまた北側に戻る形になりそう?
今日の打ち合わせ(私は出張してませんが)で、決まったかなぁ。





こうなったら、製図ではどこでもいけますね。

2010-08-16

まぁなんていうか

暑いですね。
昨日、自主勉に遅刻していったんですが、暑すぎて製図台持って会場へとの歩みはカメのようでした。歩いてるんだけど、進まないっていうか。笑


ウラ指導後半戦第一課題、解いてます。(進行形)



製図ボキャブラリー足りないわけで。トイレのサイズやら、階段の種類やら、あれこれ。まずはそっからなんですが、これを飛ばしても意味ないわけで。

やっぱー
□学校だと、最初にトレース課題が出るようなんですが、それやった方がいいですね。いまさら超低レベルですが。




それにしても、昨日は久しぶりに製図やって、めちゃくちゃ楽しかったです。自主勉の皆さん、真剣だし(当たり前)がんがん図面描いてらっしゃる。書き込みもすごいし。




いろいろあって、ぜんぜんエンジンかけられる状態じゃないです。


自主勉の皆さんの足をひっぱらないようにしないと・・・

2010-08-08

2夜連続

今日は、ウラ指導さんの製図講習会に参加してきました!
申し込み、迷ってぎりぎりだったんですが、キャンセル待ちで滑り込めました。ほッ



それにしても。
昨日、今日とものすごい収穫でした。体力的に、今日の最後の方はかなりぐだぐだでしたが、全体的なイメージがつかめたような。



それから、今日の会場となった場所、とてもステキでしたね!

役所の出張サービスと、スーパーと、図書館と、本屋と、カフェ、郷土の品販売店、そして講習室と。他にもあったかもしれません。



お昼休み中と終わってから、お隣の図書館をのぞいてみたら、なんと、9時~21時半まで営業ですよ。すごーい!千代田区だけだと思ってましたが、うらやましすぎ。



実務でも、学校のメディアセンターを設計中なので、あれこれ視察。

受付カウンター、レファレンスコーナー、開架の棚の高さ、閲覧室の広さ、PC専用室、個人勉強机、団体勉強室(机の使用はすべて受け付けを済ませる必要あり)。


ちょっと意外だったのが、開架の本棚の高さ。私の目線くらいだったので、150~160cm程度?(身長高いんで・・・笑)


あと、内装の雰囲気は、なんか、落ち着いた雰囲気の本屋さんみたいな感じでしたね。レファレンスコーナーの椅子も、長時間座っても大丈夫な、アームつきの椅子だったし。



照明は、全体照明は蛍光灯。あと、部屋のはしっこはLEDのスポットライト。それから、個人机のタスクライトも、LEDのかわいいやつでした。机上で照度が必要なところは、タスクライトと天井からのライトで二重に光当ててましたね。


去年は、都内某所にある私設有料図書館によくでかけてましたが、環境的にも今日行ったとこの方が無料なのに超設備整ってた感あり。


お昼も帰りも、皆さん熱心に勉強されてました。うらやましいなぁ・・・




そして。
建築の書棚には、パラーディオとマッキントッシュの本があり。

先日、相当「薄」識な状態でブログに記事しましたが、パラーディオのバシリカは集会所でしたね。テアトロ・オリンピコは、No Photo!で係員とか立ってたんですが、ちょっと調べると写真ばしばし撮ってサイトに掲載しているものもありますね。いいなぁ。撮りたかったなぁ!


それから、マッキントッシュは、アート&クラフトの先駆者であり、本には彼の花のデッサンなんかも掲載されていました。例の、two beamsの写真もちらと載っていて、一人笑いました。


せっかく行ったことある建物なので、落ち着いたら(いつ?)きちんと調べときたいです。今度はマッキントッシュが出題されるかも!?






というわけで。
今日は、みっちり美術館について学んで、いよいよ製図課題!ですね。自主勉の皆さま、どうぞよろしくお願いします☆

じーしゅーべーん!

今日自主勉参加された方、おつかれさまでした!


いやーん。
暑いったら!


違う。
そんなこと書くんじゃなかった。



幹事の方、皆さま、ありがとうございますm(_ _)m
長丁場でしたけど、実際の試験の感じとほぼ一緒なんですよね。
ひー


昨日も炎天下で、(いつもの)市役所スタンプラリーしてたもんで、炎天下でじょじょに日焼けしつつありますが、今日もまた随分な晴れ模様でしたー


えっとー
英語講座。
皆さん、聞いてましたしね。笑



そういえば、大学1年生の、構造の最初の授業のとき、英単語覚えさせられた記憶ありますね。そうか、あの時きちっと覚えてたら・・・(歴史に「モシモ」はありませぬ)。

いや、実のところ、学生の時、超あこがれていたUnited Kingdom of Britainに行く機会がありました。UKの音楽が好きだったからです。人生初のクラブデビューは、Brighton!まじでー!skaやmodsですよ、modsの聖地。死にそうに興奮しました。


で、あれですよ。
ダレだっけ。失念。

えーっと。
ScotishのGlasgowにある、マッキントッシュのart schoolですよ。10年以上前なんで、ド忘れしてたので、Googleセンセーに聞きました。



ま、とにかくですね。
イギリスの北部を駆け足でめぐって、スコットランドのグラスゴーにあるアートスクールに行ったわけです。
ストリートミュージシャンが、スカートはいてバグパイプ演奏してましたよ(本当)。投げ銭すればよかったけど当時シャイだった私は勇気ナシ。わー本物ダーーーー!!!的な。


ま、とにかくですね。
本題が遠いな。ショートカットしまして。


マッキントッシュのアートスクール内って、ツアーが出てるんです。1時間に1回くらいな感じで。学生さんが案内してくれるんですけど。


マッキントッシュワールドですよ。
わーお!みたいな。

けっこうドロ臭い感じなんですよ。
それと、壁が黒っぽいんですよね。
グラスゴーの街自体が、黒っぽい感じで。ススでわざと黒いイロをつけてるのか、真っ黒な石が採れるのか?不明。

おぁ、また本題から離れました。



で。
まいて。まいて。




さっぱり、ナニ言ってんだか!



だったんですよ。
えぇ。

日本語英語教育しか受けてませんからね。
日本で教わる英語は、アメリカ英語なわけですよ。

でもって、マザーイングリッシュは、ぜんぜん違うんですよ。今なら、こりゃ違うな、くらいはわかりますけどね。当時まだ20歳そこそこですよ。

で。

自分でも笑ったのがデスね、マッキントッシュは日本の影響を受けてたわけです。ウィリアムモリスさんと似たイメージですけど。

なので、建物の骨格はRCかレンガ造(正確なとこは知らん!)なんですけど、内部で装飾的に木を使ってるんです。図書室とかね。超かわいかったですよ。思ったより狭かったですけど。背高い人たちの空間なハズなのに、家具も小さいし、天井も低いしで、ちょっとびっくりでしたけどね。
もちろん、天井高い部屋もありましたけどね。


ノーフラッシュ!



で。

細かい説明はぶきますが、ツアー中に私に聞き取れたのは、two beamsというコトバと、Japanというコトバのみでした。
ああ、こりゃだめだ、と思いましたね。




案内してくれた学生さんがですね、タブン

1本の柱にとりつく2本の梁(両方木材)は、日本の影響を受けています。

的なことを言ってて、一緒に回ってたイギリス人の方?は、ふーん、そうなのー的な感じでうなずいてるわけです。

それがですね、いわゆるアメリカ英語でなかくて、すごい、すごいなまりなんです。スコットランドは、いわゆるウェールズやなんかとコトバがちょっと違いますから、UKの中でも特異なんですよね。また、アイデンティティーとしてなまりを強調する人たちだし、階級社会なので、むしろ標準語?Royal Englishはあえてしゃべらないわけです。

ザ、My fair ladyの世界ですね。

ウツクシイ美女が、ladyのことをレアデア、と発音して・・・顔をしかめるProfesser。賭けに負けちまうじゃないか!



イメージ的には、日本で言うところの、うちなーぐち?みたいな感じなんだと思います。元々別な国の言葉だったっていうか。


ジャパン、じゃなかったような。
トゥービームス、でなくて、トアゥ ビアムス、くらいなノリです。




で。
まいて、まいて。

今日、構造のお話で、CとGとBの説明、ございましたね?

あー
長かった!笑

C colum 柱
P pole 支柱

G gilder 大梁(ネット辞書では、鋼鉄の、となってましたね)
B beam 小梁!



というわけで、
ヨッシーさん、ありがとうございます。たけぽんさんのお話を、流さずに聞きなおしていただいたので、ネタにしました!



では、明日もあるので、今日はこのへんで。
なんだか、疲れすぎて興奮してます。
ねなくちゃ。笑

おつかれさまでした☆

2010-08-06

祖父と8月6日

日が変わったので、8月6日。
今日は、私が生まれるちょっと前に亡くなった祖父の話。



広島と祖父と8月6日、そして産業奨励館。


祖父は、内務省中国四国土木事務所に勤めていました。そう、原爆ドーム




祖父は、終戦当時いくつだったんだろう。
4度目の召集がかかっていて、軍の配慮により外地へ派兵されることなく、山口の光町にあった工場か軍施設(細かいことは知りません・・・)にいたと聞いています。


原爆が落とされた日、山陽線で広島市内を抜け東広島の家まで戻って、翌日町内の代表者としてもう一人の方と祖父の二人で救護に向かったと聞いています。

二次被爆者に当たります。
原爆手帳も持っていました。


この話を聞いたのは、今年亡くなった祖母からか、父からだったか覚えていませんが。



両親が広島出身のため、平和記念公園と宮島にはよく連れてってもらいましたが、顔の知らない祖父について、結局はあまり知らないのです。



あるとき、父がこんな話をしてくれました。

父が、中学生くらいのときだったと言います。


当時、広島市内に社会科見学で行く場所と言えば、原爆ドーム、だったそうです。(今でもそうかもしれませんが、私は広島で育っていないので、わかりません。)


皆で行く社会科見学とあって、父は家ではしゃいだそうです。そうすると、祖父は、何も言わずに部屋を出て行ってしまったそうです。


父は、祖父が原爆ドームの元々の姿である、広島産業奨励会館に勤めていたことを知りませんでした。まだ中学生でしたから。


祖父は、同僚の全員が亡くなっているあの会館には、行きたがらなかったと聞きます。やはり、別な場所にいて被爆せず助かった身として、思い出すと辛かったんだろうと、父は言っていました。




祖父は、その後土木事務所の担当として、原爆投下の3日後には動き出した市電と、その周辺の土地区画整理事業を担ったと聞いています。


幸いなことに、特に被爆の後遺症が出ることもなかったそうですが、退職直前に胃がんが発見されそのまま死去しました。



今年始めに亡くなった祖母(祖父亡き後、40年間二人の息子を育て一人で生き抜きました。)のお葬儀で、叔父が、やはりあれは、原爆の後遺症じゃなかろうかと思う、と話していました。

そして、古いアルバムから、広島のとある河川工事現場を背景に、同僚の方と楽しそうに写真に納まる祖父を見ました。


改めて、建築を志したはずが、都市計画事務所に勤め区画整理をやるハメ(こらこら!)になったのは、会ったことのない祖父の影響があるのかもしれないと思いました。




この夏は、祖母の初盆です。

原爆に犠牲になった人たちと、そしてあの戦争で犠牲になった世界中の人たちに、黙祷をささげたいと思います。小さなことですが、これが私にできる平和への祈りです。